Q&A(季刊誌「REAR」 2004春号より)

Q:あなたが影響を受けた作家、もしくは、敬意を払っている作家と、その理由は?

A:特に作家個人に影響を受けた事はなく、個々の作品に感銘している訳なので、ランダムながら作品名や諸要素をだけを書き連ねます。
  ジャスパー・ジョーンズの星条旗
  ジェニファー・バートレットのボートを使ったインスタレーション
  アントニー・ヴァン・ダイクの艶と優雅さ
  ヘンリー・ムーアの巨大なアーチ
  吉本作次の作家としてのスタンス
  グスタフ・クールベの強靭で斬新な思考
  遠藤利克のアートに対する執拗なまでの一貫した姿勢
  80年代の中原浩大
  トム・フリードマンのリアリティーレベル
  サイモン・パターソンのグレートベア
  押井守のトーキョースキャン
  パブロ・ピカソの古典主義時代
  岡本太郎の太陽の塔
  マルセル・デュシャンの便器
  ジリアン・ウェリングの60分間の沈黙
  作者も作品名も分からないどこかで見た作品、などなど。

Q:あなたの作品にあるコンセプチュアルな要素は何と考えますか?

A:コンセプチュアルってナンナンだろう?私は自分の事をコンセプチャルなアーティストだと定義していませんので、見当違いを了解して頂いた上で回答させて頂きますが、もしコンセプチュアルであるという事を「共有認識に基づいて作品を成立させる事」と言い換えるとしたら、私の場合、作品構成上の諸要素をできるだけ一般的な認識によって構成するよう注意を払っています。つまりできるだけ多くの人が知っている要素を用いて構成しようと心がけています。しかし同時に実体験なしにナンビトもリアリティーの基準を確定できない様に、作品構想の出発点は当然ながら自分の経験に立脚しています。一般認識と私認識の間には少なからぬギャップがあり、そこに生じるザラザラ感(不信感)が私にとっての重要な作品成立の要素になっています。

Q:美術作品のコンセプチュアリズムについての考えをお聞かせ下さい。

A:現代の美術には、表現の多様化/分岐によって、それまでにはなかった新しいルールがいくつも生まれました。そうしたルールの一つにコンセプチュアリズムがあるのでしょう。ただ新種のルールを乱用する、奇形児とも見受けられる訳の分からないアートが現在一部に横行しているように思います。コンセプチュアルであることが免罪符/特権のように機能して、曖昧で不明瞭に見える作品(理解の手がかりすら滅してしまった作品)こそが、より深い芸術的崇高さを保持していると信奉する一部の人々には閉口させられる事があります。私が白痴だと言われればそれまでですが、鑑賞者の知識の襞に触れる事によって快感を与える事のみを目的とした洞察性を欠いたアートは、それを共有できる人々の玩具として隠蔽しておいて頂きたいものです。

2004年3月